攻めてきたのは神威布教団。
一閃のモー・オジ率いる侍ヤグードの部隊だった。
ヤグードは夜目がきかないと言うが、
東方の武術の修練で研ぎ澄まされた感覚により
神威布教団のヤグード達は夜間の戦闘に
さほど不自由は感じていないように見えた。
拠点に辿りついたヤグード達は手にしていた松明を投げた。
荒れたメリファトの大地にわずかばかり育っていた草花にも火が移る。
拠点は点々とした灯りに微かに照らされた。
手薄な拠点の防衛戦はヤグード相手とはいえ、
不利な闘いであることは明らかだ。
しかし、ミスラ達の士気は高かった。
山豹義勇団の団長ミケの声が響いた。
「にぁぁ~!ミケ様に続くにぁ~!」
「にゃぁ~!」
侍や忍者を相手にミスラ達は片手棍で立ち向かっていく。
他の各国から集った者たちもそれぞれミスラ達を援護しながら
戦いに参加していった。
ジエイはしかし、心躍っていた。
一閃のモー・オジがそこにいる。
脇立(わきだて)と白熊(はぐま)をあしらった角兜と
緋色の派手な大袖を纏ったその巨躯は、探さずとも目に飛び込んできた。
対戦を待ち焦がれた相手である。
手下クラスのヤグード達をかいくぐりながら、
徐々にモー・オジへと近づいて行った。
ふと、アミの声が聞こえた。
「だめにゃ!隊長に1人で立ち向かっても無理にゃ!」
ジエイは気にも留めなかった。
このために、ここで待ったのだ。
拠点の防衛も、仲間との連携も最早自分には何の関係もない。
ジエイはモー・オジの正面に立った。
「一閃のモー・オジか?」
モー・オジが刀の切っ先をジエイに向けて構えた。
「聞いてどうする、人間よ。」
「手合わせの時を待っていた!」
ジエイも刀身を体に寄せて構えた。
「笑止。」
それだけ言うと、モー・オジは刀を振るった。
あたりに突風が舞う。
風圧と共に恐ろしいほどの闘気が体を貫き、動きをとめられる。
「くっ…!」
うわさには聞いていたが、雑魚の草払いとはわけが違う。
気を抜けばそれだけで倒れてしまいそうな気を感じた。
自らの気合いでそれを撥ね退け、モー・オジに切りかかろうとするも
立て続けに草払いを繰り出され、
ジエイはじりじりと体力を削がれていった。
「これが…モー・オジか…。」
ジエイがモー・オジと対峙している間にも戦況は動いていた。
ヤグード達の急襲は瞬く間に成功を納めようとしている。
大事なものは自分の命だからと、さっさと拠点を見放す者もいた。
いつもは強気な団長ミケにも、明らかに不利な戦いであることが
すぐに理解できた。
「てっ…撤収にぁ!今は生きて戻るにぁ!」
その声を聞いても、背後にヤグード達の殺気を感じるジエイは
完全に退路も絶たれていた。
ヤグード達が自分に切りかかってこないのは、
迂闊にモー・オジの間合いに入って
無駄に巻き込まれないためなのだろう。
いや、むしろ退く気などなかった。
1人無謀な戦いをモー・オジに挑んだのだから、
切り刻まれて終わることを望む。
拠点の防衛も考えない愚か者と後ろ指を指される惨めな生はいらない。
しかしモー・オジを相手に、じりじりとダメージを重ねていく自分に
ジエイはその力の差を絶望的に理解した。
死を覚悟しながら、せめて一太刀と、
ジエイは咆哮しながらモー・オジに突進した。
「おおおおおおお!」
その時だ。
ジエイの横に並んでモー・オジに突っ込む誰かを感じた。
目にもとまらぬ速さで拳を打ち込む、百烈拳が
わずかにモー・オジに隙を作った。
ジエイはそれを見逃さず、モー・オジのわき腹目がけ
刀を振り抜いた。
「人間めが!」
ジエイの一太刀は確かにモー・オジにダメージを与えたが、
それは致命傷には至らなかった。
百烈拳の雨のような打撃の僅かな間隙を縫って
モー・オジは疾風のごとく剣を振るった。
草払い!
分かっていても、体が動かない。
その時ジエイの目に映ったのは、
モー・オジの目の前にいるアミの姿だった。
思わずジエイは叫んだ。
「にげろ!」
もう逃げることなどできないだろう。
分かっていても、ジエイはそう叫ぶしかなかった。
一瞬アミはジエイにほほ笑んだ気がした。
何かを言うように唇が動いていた。
しかし
次の瞬間、アミの体はモー・オジの刀で二つに裂かれ
地面に落ちた。
「うああああああああ!」
人のことなどどうでもよかったはずだ。
なのにジエイは自分でも気がつかないうちに
絶叫していた。
と、ジエイは振り返り、モー・オジではなく
戦闘をしながら退却していく戦闘のさなかに突っ込んでいき
敵味方構わず切りつけていった。
モー・オジはそんなジエイを、その背後から左肩を貫いた。
「ぐぅぅっ!」
肩を深々と貫いたままモー・オジはジエイに問いかけた。
「何をしている。お前の敵は誰だ?」
「おれの…弱さだ…。」
モー・オジはくくっと笑った。
「人間よ、おもしろい。気にいったぞ。」
神威布教団は拠点を占拠した。
拠点にいた多くの者が、この急襲で命を落とした。
後に兵力をつぎ込み拠点を取り戻した時
その亡骸が収容されたが、その中にジエイの姿はなかった。
後に水晶大戦と呼ばれた時代の頃。
今も戦いに命を落とす者は多いが、
この時代では比べものにならない程の命が儚く散っていった。
冒険者達は旅の中で出会う人々の口から
または冒険する先々で、その物語の片鱗を見聞することになる。
だから、冒険者はその傷に気づかなければならない。
中には憎まれながらも気づかれずに
そっと生涯を終わらせたいと願う者もいるのだが・・・。
バストゥークで生まれ育ったヒュームであるJieiは好戦的な若者だった。
黒い髪を短く切りそろえた、目つきの鋭い若者だった。
その名には慈影という漢字が与えられていたが、
自分には慈しむ心など何処にもないのに、と嘲笑っていた。
戦乱の世であるからこそ、ジエイは力を欲した。
そして相手を完膚無きまでに討ちふせる術を持つのは
侍に他ならないと、剣の道の修行に明け暮れた。
そして弱さや妥協を許さない性格から、
いつしか一匹狼的な存在になっていた。
ジエイ自身、群れるよりは自らの思うように動ける、
その状態は嫌いではなかった。
腕が上がれば、戦場に赴くことも増えていく。
失敗を重ねながらも、戦術を体得し
やがて自分の強さを自分でも実感するようになる。
国を愛するジエイは共和国軍に属しながら、
自国の周辺の防衛戦等に参加していた。
そんなある日、各国の戦況にまぎれて
遠くウィンダスの守る地域に剣術に長けたヤグードが
神出鬼没に各エリアに出没しては、
ウィンダス連合軍を苦しめているとの噂を耳にした。
その名はMoo Ouzi the Swiftblade。
一閃のモー・オジとの異名がついていた。
ジエイはふと、このヤグードと戦ってみたくなった。
自国を守る使命感よりも、
すでに心はより強い者との戦いに支配されていた。
ジエイはメリファト山地の防衛戦に参加しながら
モー・オジとの遭遇を待っていた。
メリファトにはミケ団長率いる山豹義勇団が駐留している。
ミスラの集団だった。
ガルカとヒュームに見慣れていたジエイにとって
この人と猫の中間のような容姿のミスラの集団は
視界に入るだけでも気に障った。
戦場に女の力など役に立つのか、と。
しかし戦闘を重ねるごとに、その好戦的な性格は
残忍ともいえるほど戦闘向きであり、
むしろ生半可な覚悟しか持たないヒュームの男より
余程戦場に必要であることが分かった。
しかしどこにでも落ちこぼれはいるもので、
いつも危なっかしい戦闘をしているミスラのモンクがいた。
メリファトの拠点を攻めるヤグード団の長は
次々にサソリを呼び寄せる獣使いであり、戦士でもある。
ヤグードの戦士との一騎打ちに夢中になっている、
茶色い髪を振り乱して戦うそのミスラは
近くにサソリがいようがお構いなしだった。
その日も大暴れするサソリから大きなダメージを受け、
戦っているヤグードから致命的な一撃を
浴びようとしていた。
「・・・・やっかいな・・・!」
視界に入った以上見過ごすことはできない。
ジエイは、そのミスラの相手に鋭い一撃を浴びせた。
「八之太刀・月光!」
ヤグード戦士はばったりと倒れた。
「あ・・・ありがとにゃ!」
「礼はいらん!一人でも欠けると戦況はそれだけ不利になる!」
そういうと、ジエイは次の敵めがけ駆けていった。
ヤグードは夜目がきかないため、
日が暮れると、拠点からはほとんどの者が国に戻る。
山の夜は春という季節でも風は冷たく、
常駐する者と見張りの義勇団員がちらほらと残っているだけになる。
ジエイは刀を鞘に収めたまま、腰から抜き
肩に立てかけて拠点の塔の後ろ側にもたれかかり
仮眠を取ろうと目を閉じていた。
近くで声がした。
「ごはん、いらにゃいかな?」
自分への問いかけと思わず、ジエイは身動きひとつしない。
寝てるのかと思った、その声の主はジエイの肩をぽんっと叩いた。
反射的にジエイは飛び起き、刀を抜き相手に突きつけた!
ふとよく見ると、
その視線の先には食事を持ったミスラが
目をまんまるにして立っていた。
そのミスラは刀を突きつけられながらも、
恐れている様子は見えず驚きながらも怒ったような顔をしていた。
「ちょっと肩たたいただけなのにひどいにゃ!」
ジエイは刀を鞘に収めながら言った。
「いきなり触るほうが悪い。」
「だって・・名前知らないにゃ・・・」
「何の用だ。」
ミスラは怒って地団駄を踏んだ。
「いいから!名前が先にゃ!」
面倒な奴だ、とジエイは思った。
「ジエイ」
「にゃ。」
そのミスラはにっこりと笑った。
「で、何の用だ。」
ミスラはまた地団駄を踏んだ。
「普通こっちの名前も聞くもんにゃー!」
「興味ない。用は・・・」
と言いかけたジエイの言葉を遮るように
「名前を聞くもんにゃーーーー!!」
とミスラは叫んだ。
近くにいた者達がこちらを振り返って見ている。
これ以上相手にしたくないが、仕方なくジエイは聞いた。
「・・・名は・・・」
ミスラはまたにっこりと笑った。
「Ami」
「で、何の用だ」
アミはまたちょっとぷーっと怒ったような顔になった。
「用、用って、他に聞きたいことないのかにゃ。」
「お前こそ俺の質問に答えていない。」
「お前じゃないにゃ~!名前教えたにゃ~!」
ジエイは国に帰りたくなった。
「お前なら知っている。昼に死に掛けてた奴だろう。」
「な~んだ、アミのこと覚えてるにゃ。」
「だから何の用だと言っている。」
アミはにっこりしながら、手にもっている串焼とおにぎりを差し出した。
「ごはん、食べないかにゃ?」
ジエイはその場にまた座りなおして言った。
「食事は必要なときにとっている。」
アミは目の前にぺたんと座って、なおも食事を差し出している。
「アミが作ったにゃ。うまいのにゃ。」
「礼のつもりならいらん。」
そのやりとりを近くで見ていたのであろう、
銀髪のエルヴァーンがアミに声をかけた。
「お嬢さん、そんな変わり者にもったいないですよ。
あちらで私とお話しませんか?」
アミはエルヴァーンのほうを見ると、にっこりと笑って言った。
「おかまいなくにゃ~。」
エルヴァーンはやれやれというように首をふり、
にこやかにその場を離れていった。
ジエイはぶっきらぼうにアミの手から
串焼とおにぎりを奪うように受け取ると、がつがつと平らげた。
アミはその様子をニコニコと見ていた。
「うまいかにゃ?うまかったかにゃ?」
「肉は少し焼きすぎだ。握り飯も少々かたい。」
「ひどいにゃ~!普通うまいっていうもんにゃ~!」
アミは両手をぶんぶんさせて怒った。
「お前・・」
「アミにゃ!」
「お前変な奴だな。」
「変な奴に変っていわれたくないにゃ。」
「俺は戦いに来ているんだ。他の奴に興味は無い。
それだけだ。」
「でも、アミのこと見てて助けたにゃ。」
「見てたわけではない。見えただけだ。」
「それでも・・・アミはこうして生きていられるのにゃ。」
アミは一瞬真剣な眼をした。
そしてすくっと立ち上がった。
「ごはんはおいしく食べるもんにゃ。
必要だから食べてる、じゃ栄養にならないにゃ。
次はおいしいって言わせるにゃ!」
そう言い残すと、ジエイに軽く手をふり
義勇団の仲間のところに戻っていった。
夜が深け、拠点が静かさに包まれようとした頃
遠くからミスラの声が大きく響いた。
「てっ・・・敵襲!!皆おきろーー!」
その声にジエイは跳ね起きた。
遠くからたくさんの松明の明かりがこちらに向かってきていた。
「ヤグードが夜襲だとっ・・・防ぎきるか?」
手薄だった拠点には緊張が走った。