まだ空は紫がかった色の日の出前でも、下層は街灯がほの明るく照らしている。
ジュノは眠らない街だ。
それぞれの戦闘に出かける冒険者たちが、
あちこちに集まってはどこかへと出発していく。
アメはまだ眠い目をこすりながら、ゴブの店のドアを開けた。
様子を見てからノックしようと思っていると、何かにつまずく。
「入り口にこんなでかいもの置きっぱなしにして・・・危ないじゃないか・・・」
そう思って、その邪魔な物を見てみた。
その物体の上に紙がはってある。
「アメ おこせ おいてくな」と書いてある。
物体は毛布にくるまって、すやすやと寝ているタローだった。
「こ・・・こいつっ。」
アメは思わず吹き出した。
「ぅぉーぃ、おきろー、出発するぞー?」
アメは足でタローをぐりぐりと揺さぶった。
タローは夢の続きだったのか、何かごもごもとしゃべった後、むくっと起き上がった。
肩から毛布がはらりと落ちると、タローはきっちりリュックも背負って
すっかり出発の準備が出来ている格好だった。
アメはヒュムが乗るようなちょっと大きめのチョコボを借りて、
タローを前に乗せると、ジュノを出発した。
タロンギの峡谷を抜ける道に差し掛かると、空の色が更に明るさを増してきた。
ぼんやりとチョコボに揺られていたタローも少しずつ目が覚めてきた。
「アメ」
「ん?」
「用事、何?こんな早い時間。」
「ああ、説明してなかったな。星降る丘に用事があるんだわ。」
「何あるんだ?」
「覚えてるか?古墳にきたマイ。あいつが、試合をする。」
「試合?」
「そ。だから、タローは着いたらすぐに自分のことをしに行っていいぞ。」
「マイなら、ちょっとぐらい話、したい。」
「んーっ。・・・・実はシンも来る。」
「シンも?俺、もっと話したい!」
「分かった分かった。でもな、事情のある試合なんだ。話は後な?」
「事情?」
「大人の事情。」
「俺、分かる、大人の事情。教えろ。」
「このっ、ああ言えばこう言うんだからっ。」
アメは苦笑いした。
「これをやるよ。ルーンに頼んで作ってもらった。」
「ん?」
アメはタローの手にスカイブルーのLSパールを握らせた。
「これ?」
「ああ、使い方はこれから説明するから。いつでも話が出来る通信機だ。」
「俺、知ってる、知ってる。これ、リンクシェル。いいのか?俺もらって。」
「ん。もし、話しても分からないような危ない冒険者に出くわしたら、
すぐに連絡できるようにと思って。」
ルーンにこれを頼みに行った時、「意外とおせっかいなんですね」と
にやりと笑われたことがちらりと脳裏によみがえる。
「タロー、全部終わったら連絡するからさ。
知りたかったら、何があったかちゃんと教える。
うちが勝手に見物人増やすのはいやなんだ。分かるか?」
「ん。俺、大人。分かった。」
「よし、いい子だっ。」
アメはタローの頭をぐりぐりとなでた。
「これ、大人扱いなのか、子ども扱いなのか・・・?」
タローはぼそっとつぶやいた。
タローは星降る丘に近づいたあたりで、ここでいい、とチョコボから降りた。
アメは心配そうに、その後姿を見送りながら声をかけた。
「まじ、危なくなったら、すぐ連絡するんだぞ!」
タローはくるりと振り向いて、
「アメ、心配するな。俺、サルタよく知ってる。
俺、友達、会ってくる。」
と言うと、すたすたと歩いていってしまった。
アメは、日の出前に星降る丘に着いた。
あたりはだいぶ明るくなっていた。
そこには既にシノブ、シン、マイが待っていた。
マイは大樹に寄りかかるようにして座り、
シノブは少し離れた草の中に蹲踞の姿勢で座り、目を閉じていた。
シノブの近くに白魔道士のアーティファクトを着たシンが立っていて、
アメを見つけると軽く会釈をした。
「うちが最後か、わりぃわりぃ。」
アメはチョコボから飛び降りた。
マイがちょっと片手を上げて、よぉ、と挨拶した。
「構わんよ。タロー連れてきてたんだろ?って、タローは?」
「いや、大丈夫。終わったら連絡入れるさ。
ルーンにパールもらって、渡しといたから。」
うん、とマイは頷いた。
話が終わるのを待って、シノブが目を開け立ち上がった。
「始めるでござる。」
軽く頷くと、シンが口を開いた。
「しかし私にはまだ納得はいかないのですが。シエラはこの決闘を望んでいません。」
シノブが立ち上がるのを見ると、マイもよっと立ち上がり、
数メートル離れたところでシノブと対峙するように立った。
シノブはシンの言葉が聞こえていないかのように、マイに言った。
「拙者が勝ったら、二度とシエラ殿に近づかないで頂きたい。」
マイがまいったな、と少し笑いながら言う。
「何?それ。俺をぶちのめして、根性叩き直してやるってのじゃなかったのね?」
「決闘とは、戦いによって決着をつけることでござる。」
「シノブが勝ったら、シエラちゃんに告白でもするわけ?」
「下世話な推測は止めてもらいたい。
拙者、まだ未熟ゆえ自分を磨くことで精一杯でござる。」
「いや、完成とかそういうこと考えてたら、いつまでも楽しい事ないぜ?」
「仲間が腑抜けた輩に毒されて堕落するのを看過できぬまでの事。
不要な節介は無用にござる。」
「ん~。相変わらずすげぇ言われようだな。」
マイはやれやれと両手を広げてお手上げの様子を見せた。
「それじゃぁさ、もしシノブが負けたら、シエラちゃんはお好きなようにって事か?」
シノブはそれを聞いて、眉を吊り上げた。
「拙者、元より負ける事は考えてござらん!」
そう言うと、腰に差していた二本の木刀を抜いた。
そして一本をマイに向かって放り投げた。
「勝負は、どちらかが戦闘不能になるか、負けを認めた時。」
木刀をぱしっと片手でキャッチして、それを二、三度ふってみると、地面に置いた。
「使いやすい武器でよい?」
そう言うと、駆け出しの冒険者が使うようなセスタスを取り出し、両手の拳で握った。
「承知。シン殿、開始の合図をお願いいたす。」
シノブは元より、マイも決闘を受ける覚悟を決めていたのを見て取ったシンは
それ以上止めることもしなかった。
対峙する二人の中央にゆっくりと進む。
そのシンの正面に位置するようにアメは立った。
ふと、シンはアメを見る。
アメはただシンに頷いた。
それを確かめ、シンも軽く頷いた。
「分かりました。私とアメさんで邪魔の入らぬよう立ち会いましょう。
手を上げて、開始の合図とします。」
一瞬軽く目を閉じると、シンはさっと右手を高く上げた!
シノブが木刀を中段に構える。
マイは正面に対し体を少し斜めに捻り、腰を落として拳を胸の前に構えた。
シノブはじりじりと間合いを詰める。
マイはその場から動かないで待ち構える。
「参る!」
シノブが木刀を突き出しながら、前に飛んだ。
「やぁっ!」
マイは右手でそれをガードした。
しかし、その手を押し下げるようにして、シノブの一撃はマイの額をとらえた!
ごりっと鈍い音が響く。
「!」
アメが驚く。
シノブは返す太刀で、マイの胴を狙う。
マイはすかさず後ろに飛び、、それを紙一重でかわした。
シノブも半歩下がり、木刀を正面に構えなおす。
身構えるマイの額から、血が一筋流れ出た。
シノブは顔をしかめた。
「わざと防御を緩めたでござるな?」
マイはにやりと笑った。
「手は抜いてないぜ。」
「元より手加減するつもりはござらん!」
「おうよ!」
「やぁぁっ!」と大音声の雄叫びをあげ、シノブは再びすばやくマイの額を狙った!