「あらまぁ、それは天罰ですわね^^
おとなしく叩きのめされていらっしゃいですの。
護衛はダンくんもいますし、不安はありませんわ。」
LSにフワの笑みを湛えたような声が響いた。
それは護衛前日の夜、
フワは急に行けなくなったというマイを問い詰め、
決闘に至る顛末を洗いざらい白状させたところだ。
「・・・・・・フワちゃん、俺思うんだけど、
これ、tellでもよかったんじゃない?・・・・」
「あら、これはLS全体の問題ですの。
ドタキャンの理由を公開する義務がありますわ^^」
「ういうい・・・せめて応援してくれるとか、マイさまお気をつけて~
とか、そういうのない?」
「禊ぎのようなものですの^^
積もり積もった悪徳を清めるつもりで逝ってらっしゃいな。」
フワはカラカラと笑った。
「うち、しっかり立ち会ってくるわ。
終わったらすぐに駆けつけるから。」
「タローくんも連れていくことですし、様子とか気になりません?
慌てて戻ってこないで大丈夫ですの。」
「うん、ありがと。」
「あ、さくっと終わったら俺も向かうからさー。」
「なめてかかってると痛い目に会いますわよ?
後のことは考えずに、きちんとお相手していらっしゃいですの!」
「・・・らじゃ・・・」
決闘の後、シノブはジュノに近いテレポイントまでシンに送ってもらった。
そこから鍛錬のため、走って帰還するらしい。
シノブもマイの拳が体の奥からじわじわと効いてくるのを感じながらも、
シンには告げずに耐えていた。自分への戒めのように。
浅薄な輩と慢心があったでござる。まだまだ拙者も修行せねば・・・!
あの男のことだから又手合わせする事態もあろうかと、
しかしそれをどこかで期待しているシノブだった。
マイは白魔道士で来ていたシンに回復魔法のケアルをもらったとは言え、
痛手を負ったため、星降る丘の大樹にもたれて休んでいた。
最後の一撃よりも、むしろ初めに受けた頭部への打撃の方がまだ堪えていた。
回復魔法の後でさえ、額はまだズキズキと痛んでいる。
いや、痛みではなく疼きのようなものだったのかもしれない。
護衛にはまだ2時間以上の余裕がある時間だった。
「フワちゃん、いる?」
「あら、もう終わりましたの?」
「うん、負けちゃったよ、俺。」
「あら、そうでしたの。詳細は後で聞きますわ。
準備で忙しいですの。」
「フワちゃん、冷たいなー。大丈夫?とか心配してよー。」
そんなマイの言葉を気にせず、アメが口を開いた。
「フワ?うちだけど。
タローにLS渡したのに、付けてないようなんだ。
心配だから、ちょっとそこら探してくるー。」
「アメさん、結構過保護ですの。
母性本能炸裂してますわね^^」
「誰も俺の心配してくれないのね・・・」
「ダルメルの唾液でもつけてりゃ治りますの^^お大事に。」
「・・・俺、ジュノ帰るわ。」
そんなマイを見て、アメはにやりと笑った。
マイもそれに応えるように静かに笑うと、片手を軽くあげてさよならの挨拶をした。
アメが手をふる代わりに軽くパンチを繰り出すような仕草で激励する中、
マイは呪符の力でジュノに帰って行った。
ジュノ下層のチョコボ厩舎前で待ち合わせた後、フワとダンデは、
余裕を持ってクローラーの巣の前に着く様に仲良くチョコボを走らせた。
巣の入り口がある、ロランベリー耕地は静かに穏やかに晴れていた。
ロランベリーが栽培されている畑の脇を通ると、
熟した果実の甘酸っぱい香りが心地よかった。
まだ日が高く登っていない中、微かに肌寒さを含んだ秋の風が、
それでも爽やかに頬を撫でて行った。
風に髪をなびかせたダンデの横顔が雄々しく見え、フワはそれに見とれたりしていた。
もちろん、そんなことは口には出さない。
しかし、見つめられている視線を感じて、ふとダンデがフワを振り向く。
フワは慌てて言った。
「ダンくん、ごめんですの。」
「?」
「アメさんもマイも急にこれなくなりましたの。
ダンくんの負担が大きくなりますの・・・」
「おいら・・・だいじょぶ」
「大丈夫じゃない時があるんですのよっ。」
同じような受け答えを思い出しながら、フワはにっこりと笑った。
ダンデも思い出したのか、やさしい笑顔を見せた。
そんな暖かい時間も、クローラーの巣の入り口が見える前までのことだった。
巣の前で待つエルヴァーンの輪郭がはっきりとするにつれ、
フワは周囲の空気が冷えていくような気がした。
「感じのいいエルヴァーンですって・・・?」
思わずフワは口にした。
他にも数人ずつ集まった冒険者の集団はいくつかあったが、
エルヴァーン二人というのは、その見覚えのある二人以外にはいなかった。
少し離れたところでチョコボを降りて、フワはダンデに小さく言った。
「ダンくん、あの二人覚えてます?」
ダンデはこくんと頷いた。
「やめましょうか?この護衛。」
ダンデは首を横にふった。
「分かりましたの。
自分で受けた仕事ではないですの、パートナーを選べないときもありますわ。」
フワは一瞬ダンデの背中に隠れるようにして、おでこをくっつけた。
「絶対無理はしちゃだめですの。」
この時だけはダンデがすぐに答えた。
「フワも・・・」
「はいですの。」
すぐにフワはダンデの前に出、つかつかと二人のエルヴァーンに歩み寄った。
「フェアネスさんとレイチェルさんですの?」
「はい。・・・・おや、あなた方は・・・」
そう言いながら、フェアは軽く会釈をした。
レイはちらりと横目に二人を見ると、また視線をそらした。
「ルーンのLSの者ですの。護衛の依頼の件で来ましたの。
事情があってこの二人だけですけど、
必要ならジュノに戻ってもう少し人数集めましょうか?」
レイは視線を遠くに向けたまま言った。
「もうすぐ時間だ。どんなに奥に行こうが4人もいれば十分だろう。
そこのガルカは打たれ強いだろうし。」
向こうもあのスキル上げパーティのことを覚えていたらしい。
「護衛だから、敵を釣ることもありませんしね。」
フワの言葉に、フェアがくすりと笑った。
「フェア!何がおかしい!」
「失敬。そろそろ護衛する方が現れてもいい時間だ。」
フェアは軽く受け流すと、遠くを探すようなそぶりを見せた。
数分が経った後、巣からヒュームの女の子が血相をかえて飛び出して来ると、
すぐにその場に座ってヒーリングを始めた。
その慌てて出てきた様子に、皆の視線が注がれた。
茶色い髪の毛をポニーテールに結んで、白い花のコサージュをつけ、
高価そうな黒地の布に刺繍を施したシアーチュニックを着ている。
茶色いホットパンツ型の種族装備に、
膝下までの脛当があるシアーパンプスを履いているため、
ヒーリングして座っているその裾からは白い足がのぞいていた。
にやにやしながら、ちらちらとそのあたりを見ている不届きな冒険者もいる。
皆の視線を感じたのか、
そのヒュームの女の子はふと顔を上げてかわいらしくにっこり笑って言った。
「あ、御心配なくぅ。
入り口のクローラー1匹だけそこにいますぅ。
ちょっとしか攻撃してないから、ね?
すぐにおとなしくなると思いますからっ☆」
フワは軽くめまいがした。
「フェアさん、護衛する方のお名前は?」
「はい、Sweetyさんと言います。
そして、依頼者から聞いた風貌からいうと、まさにあの方ですね。」
冷静に分析するように、フェアが答えた。
レイは明らかに不快そうに顔をゆがめた。
「入り口のクローラー一匹相手に逃げ出しただと?」
レイはそのヒュームの女の子に歩み寄った。
三人も後に続いた。
「失礼致します、お嬢さん。
もしかして、スウィーティさまではありませんか?」
声をかけられて、不思議そうに
ちょっと小首をかしげながら立ち上がると、その子はフェアを見上げた。
「えーっとっ、フェアネスさんかしらっ?」
「はい。本日の護衛を務めさせて頂きます。」
フェアはスウィーティの片手をとると、跪いて挨拶をした。
「あらん☆よろしくねっ☆」
スウィーティはうれしそうに肩をすくめて、恥ずかしがって見せた。
その様子を見て、レイの眉がぴくりと動いた。
しかし、気にも止めてないことを強調するように、表情をかえないでいた。
フェアはその様子を見て、愉快そうにしている。
それを察したのか、レイがスウィーティに言った。
「バスの者よ、その出で立ちはなんだ?
ふざけてるのか?」
「えー?何、この失礼な人ってぇ?
ワタシ、黒魔道士のお勉強してるから、MP増えた方がいいでしょー?
それにシアーのズボンじゃデザインがダサいしぃー?」
「それではない!頭の飾りだ!戦闘に行くのであろう!」
「骨でできたクラウンなんてサイテー!」
スウィーティはぷいっとそっぽを向いた。
こういう成り行きを予想していたように、フェアが涼しげに言葉をかける。
「申し訳ない。この者は一冒険者としてここにおりますが、
サンドリアの貴族の者ゆえ。
同胞として、私がお詫びいたしましょう。」
その言葉に気をよくしたスウィーティが、にっこりとしながら振り向く。
「エルヴァーン族が皆アナタみたいな方なら、
バスとサンドももう少し仲良くなれるのにー?」
スウィーティはちらりとレイを見るとあっかんべーをした。
かっとなったレイが何かを言おうとしたが、フェアが片手を上げて遮った。
「レイ、任務だろう?」
「・・・・・・・くっ。さぁ、とっとと始めるがいい!」
「ええええーーー。
ホント、ヤなエルなんですけどー?」
スウィーティは今度はちらりとフワとダンデを見た。
「あら、あなた達も護衛に来た人なの?
まぁ、がんばってね。」
明らかに興味がないように、さらりと言い放った。
そして、またフェアを見つめると、上目遣いでその瞳を覗きこんだ。
「オラヴィアお姉さまがいつもおっしゃるのよ?
護衛してもらうと?普通じゃ相手に出来ないような敵も楽しく狩れるってぇー。
スゥ、楽しみにしてきたのっ☆」
「このお嬢様、黒魔道士でしたわね・・・」
フワの心を侵蝕するように暗い不安がじわじわと沸いてきていた。